【大杉神社・初詣】世界でもっともゴージャスなトイレがある神社
初詣、どこの神社に行こうかなあと考えて
そうだ 正月なら豪華絢爛なのがいい
ということで茨城の大杉神社に決定。
茨城県の大杉神社に初詣に行ってきました。
ここは世界で一番豪華なトイレがあるのですよ~
とりあえず出発。
近くまで行くとハイドラのチェックポイントのバッジが出現。
そして正月期間限定の「あけおめバッジ」も出現しました。
こちのバッジ獲得も今回の初詣の目標のひとつです。
【関連】【ハイドラ】チェックポイント一覧
いつもの門前の駐車場には、お店が出てました。
裏手の大きな駐車場に向かいますと平日ながらも大盛況でした。
交通整理のお兄さんがモフP号のフロントをみて「車高低そうですね」
「はい、よく擦ります」
「じゃあこちらにどうぞ、あっちは当たりますから」
「ありがとうございます」
ということで平地に誘導されました( ´ ▽ ` )ノ
気が利くお兄さんでよかった😀
車検も通るしそんなに低いとは思わないのだけど、まじ、街のちょっとした凸凹や坂で擦るのでなんともどうにも。
表玄関のようす。右手にお土産屋、左手に出見世が並んでました。
玄関の大きな鳥居の左右の天狗さんがでっかすぎておどろく。石だから、とんでもなく重そう。
天狗崇拝の元は、源の義経の家来の常陸坊海尊(ひたちぼうかいそん)が大杉大明神の神徳により様々な奇跡を起こしたことによるそうです。海尊の風貌が天狗に似てたらしいです。
駐車場の階段を上がると
第二の鳥居。
ここから中に入ります。
本殿
茅の輪くぐりがありました。さっそくくぐりました。
茅の輪くぐり
正面から最初に左回り、次に右回りと 8 字を描いて計3回くぐることで、半年間に溜まった病と穢れを落とし残りの半年を無事に過ごせることを願うという儀式である。かつては茅の輪の小さいものを腰につけたり首にかけたりしたとされる。
これは、『釈日本紀』逸文の『備後国風土記』に記されている疫隈国、素盞嗚神社の蘇民将来伝説に由来するもので、武塔神の指示により茅の輪を腰につけたところ災厄から免れ、武塔神は自らを速須佐雄と名乗り去っていったと書かれている。Wikipediaより
全体的に装飾の色使いがきらびやかですね~
デザインに徳川家の天海僧上が強く関与しているようすです。
「茨城の日光東照宮」の異名があるのもうなづけますね。
大きな杉、大杉神社の名前になった杉でしょう。
参拝。
さて、いよいよ本題の?? 豪華なトイレにも参拝したいと思います笑
「お手洗い」の看板がとんでもなくでっかくてアピールしてます。
入るとこんなかんじでキラキラしてる。ひとりずつ個室になってます。
天井から壁から装飾がキラキラ。
芸術に触れながらのトイレタイムになりますね。
新年早々、豪華な気分に浸れました。笑
そのあとは、お稲荷さんにもお参りしました。
赤い鳥居がいっぱい。
そしてお稲荷さんの横にずっしりとそびえている巨大な神木。こちらも大きくてパワーがいっぱいでした。
大杉神社
「安婆嶋 – あんばさま」
この一帯はかつて菟上之国という霞ヶ浦東岸域と東総域を治めていた小国の一部であったと伝えられております。菟上国は海上国とも表記されるように常総内湾の交易、産物を中心として成立した小国であったようですが、こうした影響からか常総内湾においてランドマークの役割をはたす、大杉神社の巨大な杉は「あんばさま」と呼ばれ、常総内湾の人々の信仰の対象であり、人々の交通標識の役割を十二分に発揮していたと考えられます。
大杉大明神
神護景雲元年(767)勝道上人は、下野国二荒山(栃木県日光)をめざす途上にあり、大杉神社に着くとそこで病苦にあえぐ民衆を救うべく、巨杉に祈念すると三輪明神(奈良県三輪の大神神社)が飛び移り、病魔を退散せしめたところから、やがて大杉大明神と呼称されるところとなりました。
「ねがい天狗」「かない天狗」
文治年間にはその容貌が巨体、紫髭、碧眼、鼻高であった常陸坊海尊が大杉大明神の御神徳によって、数々の奇跡を示したことから、海存は大杉大明神の眷属で、天狗であるとの信仰へと発展いたしました。
出典 http://oosugi-jinja.or.jp/
大杉神社(おおすぎじんじゃ)は、茨城県稲敷市阿波(あば)にある神社。豪奢な社殿を擁することから「茨城の日光東照宮」の異名がある。あんばさまの愛称で親しまれている。古名には大杉大明神、大杉大権現、今宮大杉大明神などがある。
旧社格は郷社。現在は神社本庁が定める別表神社。関東や東北地方に分布する約670社を数える大杉神社の総本社である。
「阿波の大杉神社」として茨城百景に選定されている。
主祭神
倭大物主櫛甕玉命(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)
配祀
大己貴命、少彦名命
初めに大神神社(大和国城上郡)の倭大物主櫛甕玉命を祀り、仁治2年(1241年)に今宮神社から大己貴命と少彦名命の二柱を勧請合祀した。由来は異なるが、祭神の構成は大神神社と同じである。
神木は境内にある大杉で、社名の由来でもある。太郎杉、二郎杉、三郎杉からなる三本杉だったが、太郎杉は安永7年(1778年)に焼失した。
眷属神としての「鼻高天狗」と「烏天狗」に対する信仰もある。文治年間(1185-1189年)、源義経の家来、常陸坊海尊(ひたちぼうかいそん)が大杉大明神の神徳により様々な奇跡を起こした。
ここから常陸坊海尊を通じて願をかけると、大杉大明神が叶えてくれるという信仰が生じた。
海尊の容貌は天狗に似ていたため、その像を通じて天狗信仰が生じ、鼻高天狗と烏天狗が眷属とみなされるようになった。
鼻高天狗は「ねがい天狗」、烏天狗は「かない天狗」と役割が決まっている。願い事が叶えられるという神徳から、神社は「日本唯一の夢むすび大明神」と称している。
Wikipediaより